●在宅看護 27日目(2016/6/22) 永眠

3:00 寝ている(確認)。呼吸している。
4:50 寝息が聞こえない。
声かけたり手を握るが反応がない。
体温は温かいが呼吸がない。

5:15 医師へTEL
5:45 医師到着。5:56死亡確認。
※この日の状況は「ご報告」で記載しました。

 

 

 

家に帰って来てから27日目の朝、母は旅立ちました。

 

振り返ってみると、最後の1週間、痛みや吐き気といった苦しさはあまりありませんでした。
落ち着きがない、だるい、というのが最後の症状でした。

痛みがあって本人がつらいときは、しっかり会話ができる。
痛みがなくなったとき、意識はもうろうとする。

どちらをとるか、最後は家族の判断となります。
その判断にそって医者や看護チームは薬の調節をします。

 

当初から、担当医師は言っていました。
「楽にするのは簡単です。
でもそうするとほとんど眠ることになるので、ご家族と会話はできなくなります」

この意味を、私たちは「眠っていないときは普通に話ができる」のだと思っていました。

しかしそうではなかった。

痛みをとってあげるというのは、意識もぼやけて遠のいていくことだった。

 

わかっていれば、もうちょっと意識のあるときにちゃんと感謝を伝えたかったと、悔いが残ります。
でも「意識はある、ちゃんと聞こえている」という看護師さんの助言があったので、最後の最後まで母に気持ちを伝える努力をしました。
弟、妹もそうだったと思います。

 

 

父の死は突然で、それこそ何も伝えられずに逝ってしまいました。
母は、同じ悔いを私たちに残さないように、
最後の1ヵ月、時間をくれたのだと思います。
そして見事にその目的を果たし、
眠るような安らかな表情で去っていきました。

 

父のときはただただ呆然、喪失感でしばらく苦しみましたが、
今回の母の死はまた違う心境でした。
私も母のように生きて、こんな死に方をしたい。

母から与えてもらった愛情を、今度は私が子どもたちへ、関わるさまざまな人たちへつないでいく番だ。
そんな生きる目標、希望を、体を張って教えてくれた母でした。

 

▼母が育てた庭。花が大好きでした。

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