●在宅看護 21日目(2016/6/16) 永眠6日前

 

<バイタルサイン>

体温 36.5
血圧 127-71
脈拍 73
酸素飽和度 97%

体温 36.1
血圧 119-76
脈拍 72
酸素飽和度 95%
オプソ(モルヒネ)服用: 3回
アブストラル(速効性のがん性疼痛治療薬):2回

 

体調:痛み・吐き気なし。
でも本人はつらそう。腹水を抜いてほしいと本人希望

 

<1日の様子>
1:30 デパス
2:00 トイレ(大)
3:00 オプソ
5:30 トイレ
6:22 オプソ・トイレ

7:50 ベッドから落ちて足を怪我

母談「自分で降りれるような気がした」

※呼び出しチャイムで呼ばずに、自分でベッドの高さを調節して立とうとしたようです。
体重を支えきれず前のめりに倒れてしまいました。
家族がほんの短時間、目を離した間の出来事です。
この転倒で、足先が紫色に腫れてしまいました。
今後の対策で、足元に手すりをつけることにしました。
(もともとあった手すりだが、邪魔だったので外していた)

 

8:50 デパス
9:10 足マッサージで寝る
9:17 起きる。背中をさする
9:20 足マッサージ。寝る。
10:00 デパスが効いているのか、よく眠れている
10:20 トイレ。便意でおなかが痛くなるという
11:00 トイレ。
11:30 トイレ→出ない
尿意、便意はあるが出ないらしい
11:40 酸素吸入
11:55 トイレ→出ない
12:30 腰が痛いので寝たり座ったり
12:45 アブストラル・酸素吸入

14:00 医師往診。 エコー後、腹水を抜く。

◎もれているのは腹水ではなく皮下水。まったく問題なしと言われる。
この日の腹水 2000cc
医師談「やはりゆるやかに悪くなっている。
ただ痛み・吐き気のコントロールはできているので、この状態を保ちつついい時間を過ごせればよい。
6月はいけると思うが7月はわからない」

 

15:00 便対策で座薬と浣腸(看護師)を試みるが出ない。
あきらめて寝る。

15:35 やっぱり便がしたいとトイレに座る。
少し出る。安心して寝る。

15:55 ご近所さんが見舞いに来るが、寝ていたので顔見て帰ってもらう。

16:25 再度、便意
トイレに座る。→出ない。あきらめて寝る
◎腹水を抜いたので起き上がりはかなり楽になる。

16:50 便意。トイレに座る→出ない。あきらめて寝る。
17:20 便意。トイレに座る→小だけ出る。→寝る。
17:50 便意。トイレに座る→小だけ出る。
立ったついでにリビングへ移動

18:10 リビングのベッドで、オプソ
18:50 トイレ。
見舞客きたのでトイレをがまんしてもらう。

19:15 見舞客帰った直後にトイレ。→小のみ出る
19:50 便意。もうすぐ訪看なので、ベッドに座って待つ。
20:00 訪看。点滴交換。

◎便意について相談。
直腸触診してみるが、あまり便は入ってないとのこと。
その後、血便らしきものが出た。がんの作用かもとの話。

アブストラル→寝る
21:20 便意。トイレに座る。→出ない
21:30 便意。 トイレに座る。→出ない。あきらめて寝る。
21:45 便意。トイレに座る。→小のみ出る
ロヒプノール。寝る
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この日の記録がいつもより異常に多くなっていることがお分かり頂けると思います。この行動は医療用語で「不穏(ふおん)」と言われるものだそうで、いてもたってもいられない落ち着きのない様子が見受けられます。

母は以前なら自分で体を起こせないことを自覚していたので必ず家族を呼んでいました。

今にして思えば、「自分で降りれる」と思ったことも、意識の混濁である「せん妄」や、「不穏」の症状の現れだったと思います。
この日の記録は主に弟が書いていました。
(この頃、弟は会社を休んで母を看ていました)

入院中からほとんど食べていないにも関わらず、下半身はむくみがひどく、体重はあまり落ちていません。
なおかつ、以前のように体の特定の部位に力を入れて踏ん張ることができなくなっており、体重を完全に預けられると支える方はかなり力がいります。
男性(弟)の力でも、 母のベッドとポータブルトイレの往復の補助はきつかったと思います。
数日前までは、トイレの介助(ズボンをおろしたりお尻をふいたり)は、娘・叔母・弟の嫁さんにしか頼まなかった母でしたが、この頃になると弟の介助への躊躇はなくなっていました。
しかし手伝うたびに、「ごめんねー、ごめんねー」とばかり言っていたそうです。

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