私が元オットとの結婚を考えていた独身の頃、
相談する相手がいなくてニフティフォーラム(当時はインターネットではなくパソコン通信w)の国際結婚カテをよく覗いたりしていました。
1996〜1997年頃だったと思います。
その頃、多くのアジア系外国人が日本に就労の場を求めて移り住み、
すでにそれぞれの国のコミュニティも出来つつあり、
その勢いで国際結婚カップルも急増していました。
特にイスラム系の国の人との結婚は宗教の問題もあるので賛否両論、
フォーラム内では活発な意見がやりとりされていました。
そこで私と元オットについて、結婚すべきかどうか質問を投げかけたところ、
フォーラム発言者の多数は“賛成”でした。
国が違っても理解しあえるならそれで良い、
むしろお互いを尊重しあえて日本人同士より絆が深くなる、とか。
これからはグローバル社会だ、とか。
うんうん、なるほどと、自分を後押しする意見に喜んでいたとき。
フォーラム参加者のある女性から個別にメールが届きました。
その方のご主人は元オットと同じP国出身。
個別のメールには、
「どうか、慎重にご判断なさってください。
宗教の差、習慣の差、国民性の差は、
これから必要以上の苦労をあなたにもたらします。
愛だけでは乗り越えられないと思うときも出てくるのです。」
このような文面でした。
すでに結婚されて二人のお子さんもいるこの方は、
私から見たら国際結婚の大先輩です。
これはリアルだ。
この人は本気で心配してくれている?
そう思ったので、その後何通もメールでやり取りをしました。
そして国際結婚、特にイスラム教徒との結婚について、
さまざまな縛りが生ずることが理解できました。
もちろん不幸なことばかりでなく、国境を越えて家庭を築く喜びも。
そういったメリット・デメリット両方の情報を多く与えてもらって、
それでも結婚したいという気持ちを強く自覚したので、
結婚に踏み切ることにしたのでした。
その後、この女性とは結婚後に対面する機会もあり、
お互いの家族揃って一緒に遊びに行ったこともありました。
その方も旦那さんに苦労し、泥沼の裁判を経て離婚。
今はお子さん3人を育てるシングルマザーです。
結婚前から親身になってくださったこの方には、
離婚したことを真っ先にお知らせしたかったのですが、
借金対応と日々の仕事で忙しく時期を逸してしまいました。
その後、ブログを始めたことをこの方にメールで伝えたところ、
すぐに電話がきました。
「本当に大変だったね、よかったね」
その声を聞いて思わず涙が出ました。
それから約2時間、
お互いの離婚の経緯や子どもの成長についてなど
長々と電話で話しました。
離婚で疲れ果てた自分の心が、話しながら和んでいきました。
(このブログ読んでくださっているかな。昔も今も本当に感謝しています)
国際結婚は、一生を共にする覚悟で、
場合によっては相手の国に移住することも可能性として考えた上で、
結婚を決意します。
それは自分の国、親、友人とも別れるかもしれないという究極の選択。
それでもついていきたいと思うからこそ結婚します。
そこにイスラムという宗教要素も加わると、
ハンパな覚悟では踏み切れません。
代償にするものが大きすぎる。
これが国際結婚だと思います。
誰もが幸せになりたくて結婚します。
どんなことも自分が絶対に幸せになると確信した道だからいとわない。
相手が外国人だと、まずは日本に定住するためのビザ申請から動き回ることになりますが、
そんなこともへっちゃらです。
でも相手から受け取るものがそれに見合ってないと思ってしまうと、
一気にバランスを崩します。
多くは周囲の反対を押し切っての国際結婚、
並大抵のことではくじけません。
限界まで踏ん張ります。
しかしその緊張の糸が切れたとき、離婚となるのだと思います。
国際結婚を考えている方がいたらお伝えしたい。
その結婚、止めはしません。
どうせ聞かないだろうから笑(私がそうだったように)。
でも万が一、荷が重すぎると感じてつらくなったときは、
自分の幸せを考えて。
子どもの幸せを考えて。
夫婦は双方の愛情のバランスが大切です。
(あ、これは国際結婚でなくてもそうですね笑)

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コメント一覧
  1. 伊閣蝶 より:

    何度も読み返し、その都度立ち止まって考え込んでしまいました。
    私の友人や姻戚にも、国際結婚をしたカップルがおりますが、定住権を得たり日本国籍を取得するために様々な努力を重ねてきていました。
    特に、相手のご両親を説得するのにかなりの労力を要したようです。
    その連れ合いの方から、涙ながらの相談を受けたこともありましたが、不自由な日本語で悩みを語らずにはいられない辛さに、思わずもらい泣きしたことを思い出します。
    宗教、習慣、国民性などの差は、私などが思うよりも大変に大きく、それを乗り越えるためには、双方の情熱と思いやりが必要なのだろうなと感じました。
    愛情のバランス、何とも深い言葉だなと感じ入った次第です。

  2. かーちゃ より:

    >伊閣蝶さま
    ご訪問&コメント、ありがとうございます。
    国際結婚も身近になりましたよね。大変だけど、その苦難を乗り越えている人々もたくさんいて、素直にうらやましいと思ってしまいます。伊閣蝶さまのお知り合いもご苦労なさっているようですが、どうか幸せになってほしいと思います。
    苦難を乗り越えることイコール愛情を試されている、と捉えてしまうと、少々理不尽なことでも修行だと思って耐えてしまうのですが、よーく考えるとなんか変ですよね。二人でがんばっているなら良いですが、片方だけが苦労しているならそれは苦難ではなく理不尽。日本人同士でもこの図式はあてはまりますが、国際結婚だと苦労をわかってて一緒になっているので、自業自得かなとも思います。
    とにかくまー本当にいろんなことを学びました。

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