2009年2月。

 

税務調査も一段落しましたが、資金不足は相変わらず。
それでも商工ローンから追加で借り入れたり、私の売上が好調だったりで
何とか元夫の事業も生き延びていました。
しかしこれはまさに「自転車操業」。

 

自転車操業で横ばいならいいのですが、
売上そのものがどんどん減っていき返済額は増えていく、売掛金は回収できない
となると、状況は落ちていく一方。先行きは真っ暗でした。
私のデザインの事業でどこまで支えられるか。
いやもうそんなレベルじゃないだろう。

 
 

そこまでわかってて、なぜ閉めなかったのか。

 
 

それは、元オットのこんな発言があったからです。

 

「母国の家を売る。当面、それで支払や返済をする。
それから、南米への輸出が春から増える。
チリにいる友人が、かなりの台数を買うと言っている。」

 

これが軌道に乗れば、前のように月々安定して儲かるというプランでした。

 
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母国の家とは、設立3〜4年目くらいの潤っていた時代に、
実家の兄弟が輸入で上げた収益を日本に送金せず、
彼らの判断で日本の私たちの承諾も得ず買ってしまった家のこと。
その国では一等地とも言える環境の一戸建てです。

 

兄弟だからと安心して輸出して、
ビジネスをしようとしていた元オットにしてみれば
その話は青天の霹靂。
(今となってはわかんないけどね。実はそういう芝居だったかも)

 

兄弟とはいっても、会社にしてみたら立派な取引先。
代金を支払われなければ売掛金はこげついた未回収の売掛金として数字に残ります。
その金額は、彼らが買った一戸建ての家の価格とほぼ同額

 

・・絶句。

 

人のお金をだまし取って家を買っちゃった、だと??
あとでバレて責められるだろうに??
・・・信じられないけど、この国の人たちの感覚ではよくある話。

 
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元オットのプランでは、この「母国の家」を売って当面の資金にする、
そして事業を回復させ、
これまで私が建て替えたお金や商工ローンなどを、どんどん返済するといいます。

 

毎月200万円ずつ売り上げて、そこから返済に100万、
残った100万円から経費や、アナタから借りたお金を返す。

 

またずいぶんおおざっぱな(笑)

 

今までの負けを取り戻したい、
損切りはしたくない、という元オットの考えは、私も同感。
ここでシビアにならなければいけなかったのですが、
「損を取り戻したい、ここで一発逆転」
そう思うと、やはりチャンスにかけてみたいと思いました。

 

代表者である私がそう判断したのだから、
責任は負う。
このように覚悟を決めて、元オットに望みを託したのでした。
 
 
任意売却 一般版

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